趙国の奸臣郭開について|秦国からすれば最大の功労者?

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この記事ではキングダム892話以降の考察として趙国の奸臣の郭開についての考察を、
- 趙国の奸臣郭開について|廉頗復帰を阻んだのも郭開
- 趙国の奸臣郭開について|李牧と司馬尚を更迭
- 趙国の奸臣郭開について|郭開の末路
以上の項目に沿ってご紹介しております。
趙国の奸臣郭開について|廉頗復帰を阻んだのも郭開
キングダムの本編でも描かれていた趙三大天の廉頗と楽毅の一族の楽乗の趙軍同士の戦いの後、三大天廉頗の亡命で趙国に名将無しとなり列国に舐められてしまった趙国では一度、廉頗を呼び戻そうと動きを起こしています。
しかしこの時にもキングダム本編では描かれていませんでしたが、郭開は悪さをしていて、郭開は元々李牧だけではなくこの廉頗とも不仲であったようです。
廉頗からすれば郭開のごとき小者など取るに足らぬ存在で相手にもしていなかったのでしょうが…。
郭開の進言に対して趙王が動く、その動きを廉頗が諫めると言うのが王に真実や正しい助言をする廉頗が郭開からすれば邪魔であったのでしょうね。
そしてそんな廉頗が帰ってくるとなればせっかく追い出した目の上のたんこぶが帰ってきたら自分の天下ではなくなると思い、趙王が廉頗に戻ってくれるように放った使者を買収し使者から趙王への返事の内容を「廉頗は使者の前で三度遺失(3度失禁したという)した」という風に改ざんし悼襄王は廉頗ももう老いて使い物にならないと思い諦めたとあります。
このように郭開は自分は小者ゆえに大物を排除しようとする矮小は人間が行う性は昔から備えていたようですね。
