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第六天魔王波旬は何者?|終末のワルキューレ第50話考察

終末のワルキューレ
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第六天魔王波旬は何者?|常しえの闇とは?

 

常しえの闇とは?

第六天魔王・波旬は伝説からすると『常しえの闇』そのものだろうと思われますが、第六天魔王とは仏教において人間の根本的な迷いそのものをさす『無明』の事を言います。
無明が神格化されたものだと思えばいいのだと解釈していますが、人間が根本的な無明から脱する唯一の方法が釈迦のように悟る事だと言えます。

無明、つまり人間の全ての迷いの源となるものを乗り越える事ができたなら、その人間はもう迷い悩み、苦しむ事もなくなるはず…

終末のワルキューレでは釈迦は悟りに至り、そこからは迷う事もなく今に至るようですが、実際の釈迦は聖書のイエス・キリストがサタンに何度も誘惑されたように第六天魔王に誘惑されています。
イエスにしても釈迦にしてもそれを乗り越えたわけですが、もしかしたら終末のワルキューレでは釈迦にとって第六天魔王はすでに到達した悟りのさらに上にある究極の悟りを得る為の最後の試練という形になっていたりするのかも?

無明というものは乗り越える事はできても消し去る事はできません。

おそらく、神であろうとも心は周囲との縁によって影響を受け続け常に迷いの只中にあるはずです。

釈迦は絶対に乗り越えねばならない試練に直面しているのかも?

また、波旬…

今回のラストはかなり強烈なインパクトを残しましたね…

第六天魔王という仰々しい存在でありながら、『ずぁんねん』はないでしょう。
さらにあのあれ以上ないという悪意に満ち満ちた邪悪なニヤケ顔…
血を見て喜ぶ神格なのでしょうが、ある意味、この常しえの闇には迷いなんかないのかも知れません。

その魂には一切の光が無く、釈迦の正覚阿頼耶識も通用しない相手ですが、釈迦はどうやって無明を乗り越えるのか?

続きが非常に気になりますね!

最後までお読み頂き、誠に有難うございました!

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