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釈迦の悟りとヒルデの目的|終末のワルキューレ第47話考察

終末のワルキューレ
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釈迦の悟りとヒルデの目的|ヒルデの目的は?

 

ヒルデの目的は?

釈迦はヒルデが何の為にラグナロク開戦に持ち込んだのか、その理由に気づいているようで、また、手段を選ばず、なりふり構わず、ラグナロクに必勝しようとしている事は嫌いではないと言いながら、そういうのは放っておけないと言っています。

釈迦がそういうのですから、おそらくヒルデがラグナロク開戦に持ち込み必勝せねばならない理由には運命が絡んでいるのだと考えられます。

第47話ではヒルデ自身が釈迦が神を嫌う理由を口にしていましています。

『釈迦さまにとって神も人も関係ありません。裡にある幸福を否定するものたち、そして運命を押し付けようとするものたちが…ただただ、大嫌いなのです』

甲塚は、ヒルデ自身もそうなのだと感じます。

しかし、それならば何故、釈迦はヒルデを心配するのか?

甲塚はヒルデは神と人間を分断しようとしているんじゃないかと考えています。

現在、人類と神々の関係は神々が一方的に人類の運命を左右できるという立場にありますが、ヒルデはなんらかの理由でその状態を変えたいと思っている…

ラグナロクに人類が勝利したなら、人類は神を超えた事になります。

しかし、ラグナロクに勝利したからと言って人類はまた千年間の安泰が保障されるだけで、また千年後には人類存亡会議が開かれるわけですが、もしかしたらまだ明かされていたいないルールが、ラグナロクにはあるのかも知れない。

もしかしたら、人類が勝利したなら神々は人類の存亡には一切関わらない事になるとか?

しかし、それではヒルデを心配する釈迦のセリフには結びつかない感じですからね…

または、天界の崩壊を目論んでいるとか?
人類と神々の立場を逆転させてしまうような…

ヒルデは目的を達成したら生きているつもりがないようですが、ヒルデは人類と姉妹立場をニブルヘルに追い込んでしまっています。
それはほとんどが本人達が選択した結果ですが、釈迦はヒルデの目的には共感しながらもその全てを肯定しているわけではないという事に…?

ヒルデは何かを成し遂げる為に、他者に運命を押し付けているのかも知れないですね…

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