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【終末のワルキューレ47話展開予想】釈迦の過去編突入か!?|神嫌いな理由

終末のワルキューレ
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【終末のワルキューレ47話展開予想】釈迦の過去編突入か!?|釈迦の六道棍

 

釈迦の六道棍

釈迦の六道棍については過去記事にて詳しく妄想考察していますが、六道は天道
人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道という輪廻の世界観を現したものですが、それらにはその道を救う担当のような存在として仏尊が当てられており、第46話で釈迦が使用した修羅道・七難即滅の盾は修羅道を救う十一面観世音の力だと思われます。

修羅道とは嫉妬心とも関係が深いものですから、おそらく相手の嫉妬心に根ざした自分に襲いくる七難から身を守る盾だという意味ではないかと思われます。

そのように、釈迦はおそらくその都度に合わせ六道棍の形状を変えて零福と戦うと思うのですが、おそらく、それは釈迦にとっては単なる戦闘でなく零福に対する慈悲であり救済だと思われます。

零福は神であり、不幸にあえぐ人間達を救おうと身を挺して尽くした結果、人間達が堕落する姿を見てしまい、そのショックから優しい本性を見失うくらい、その魂は迷いの只中にあります。
それを救い、悟りに導くのが釈迦の戦いなんじゃないかと甲塚は思います。

第46話ラストにて、釈迦は零福に

『大丈夫…お前の思春期、受け止めてやる』

と口にしていましたが、そのセリフからそう言う意思がビシビシと伝わります。

六道輪廻の世界観には、人間や獣達だけでなく神々も含まれていますから、釈迦からすれば全てが悟りに導くべき救済対象なんだと思います。
その点では神と人と獣には何の差異もないと釈迦は考えており、それを悟りもせずにふんぞり返り、自らが生み出した人類の命運を簡単に決めてしまうような傲慢な心が釈迦の神嫌いの原因かも?

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