【鬼滅の刃179話考察】無一郎と玄弥の死亡について|独りではないという幸福

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【鬼滅の刃179話考察】無一郎と玄弥の死亡について|大きな二人の犠牲

【鬼滅の刃179話考察】無一郎と玄弥の死亡についてこの記事をご覧いただきましてありがとうございます。

いい芝居してますね!サイト管理人の甲塚誓ノ介でございます。

この記事では、鬼滅の刃179話で無一郎と玄弥が死亡した事についての考察に感想を、

  • 【鬼滅の刃179話考察】無一郎と玄弥の死亡について|兄弟という関係性と絆
  • 【鬼滅の刃179話考察】無一郎と玄弥の死亡について|独りではないという幸福
  • 【鬼滅の刃179話考察】無一郎と玄弥の死亡について|最後に

以上の項目に沿ってご紹介させて頂いております。

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【鬼滅の刃179話考察】無一郎と玄弥の死亡について|兄弟という関係性と絆

無一郎と玄弥の死亡についての感想と考察〜独りではないという幸福〜

鬼滅の刃第179話は涙無くしては読めないエピソードでした。
 
一時は無敵かと思われた上弦の壱・黒死牟の討伐は成ったものの、その犠牲はあまりに大き過ぎました…
 
無一郎と玄弥、まだ二十歳にも満たない二人の若い命…
 
今回は179話についての感想と考察を書かせて頂きます。
 

兄弟という関係性と絆

179話というか、黒死牟編のテーマは『兄弟』であったかと甲塚は考えます。
 
時透兄弟、不死川兄弟、そして継国兄弟という3組の『兄弟』…
 
兄弟という繋がりの在り方は3組とも違ったわけですが、そこにある絆というものにはなんの変わりもないのだと甲塚には感じられました。
 
3組とも、生前の関係性は良好とは言えないものでしたね。
 
兄弟と言えども人間は一人一人、人格が違えば考え方も違う『他者』である事に変わりはありません。
 
また、兄と弟という立場の違い、また能力的な差異、優越感や劣等感というものも絡み、関係が良好であり続けるにはお互いの努力が必要となる事もあるでしょう。
 
多くの兄弟はお互いを思いやり、助け合いながら良好な関係を持続していけるものでしょうが、時透兄弟や不死川兄弟のように突然、共通の心の拠り所である『親』を失い、自分達の力で生きていかねばならぬ事を強要された際には、ダイレクトにお互いの差異を感じる事になり、それこそ相当な努力が必要となるのでしょうな。
 
継国兄弟の場合は時代が違い、価値観や兄弟という関係性に対しての認識の違いもあるので一緒にはできないかも知れませんが、継国兄弟の関係性を破壊したのは能力の差異でした。
 
別個体の人間なのですから差異はあって然るべきなんですが、3組とも関係性が崩壊したのはまだ子供だったわけですから、そんな事は理解し難いでしょうし、ただただ純粋に悪感情を抱いてしまったという状態であったのかも知れない。
 
この3組に共通するのは兄が弟に辛く当たってしまったという点でしょうね。
 
そこに根ざすのは責任感だったかと思います。
 
兄が弟を引っ張り、守っていかねばならないという立場的な責任感が、必要以上に弟に感情を爆発させてしまう結果になったのかも知れません。
 
これもまた3組共通の事ですが、弟は兄を慕い続けていますね。
 
それは弟が、苛烈な扱いをされている中にあっても、本能的に兄が自分を想ってくれていると感じとれているからでしょう。
 
最近では家族や兄弟の関係性を
 
『家族は血の繋がった他人』
 
と表現される事があります。
 
甲塚的にその表現は間違ったものではないとは思いますが、一見ただ冷たく人間味のない表現であるように感じる言葉でもあります。
 
しかし、
 
『お互い別個の人間であると理解した上で支え合って生きていきましょう』
 
という意味に捉えれば、なんだか理想的な家族関係を示す言葉であるようにも感じられませんか?
 
3組の兄弟の関係性や絆に想いを馳せてみて、甲塚はそんな事を考えてしまいました。
 
 

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