ティーチの人の夢は終わらねェ発言とDの意味|胡蝶の夢
胡蝶の夢
ティーチは生まれてから一度も眠った事が無いという体質ですから、人が眠っている時に見る夢をティーチは見た事が無いでしょう…
しかし、人は普通そういう夢をみるものでティーチもそれがあるのは知っているはずでしょうし、それに憧れたでしょう…
そういう夢を見ながら育ってきただろうルフィは、おそらく夜見る夢と現実世界で持つ夢との違いは区別できるはずですし、そういう感覚は常人と同じだと思いますが、ティーチはやはり違うでしょう…
過去にティーチの人生観世界観は『胡蝶の夢』みたいなものなんじゃないかと書かせて頂きました…
『胡蝶の夢』は、中国の思想家・荘子の実体験エピソードから生まれた言葉であり、夢の中の自分が現実か現実の自分が夢なのか区別がつかなくなるという状態を現す言葉であるわけですが、眠りを知らないティーチには当てはまらないような状態だと言えます。
しかし、ある意味彼にとって夢と現実は区別が無いものであるとも捉える事もできるでしょう…
また、ティーチが夢を見ようとするなら現実世界でみるしかないんですよね…
人生は覚めない夢…!
ティーチの人の夢は終わらないという発言の意味にはそういう意味も含まれているでしょう…
ティーチは『この世に不可能と言える事はねぇからな』とも言っていますが、それはおそらく現実世界と夢の世界が彼には重なっているという事なんだと思います。
夢の世界に不可能な事はまず無いはずですからね…
そういう世界観はルフィとは少しズレがあるかとは思いますが非常によくにているでしょうし、共通しているのは、一度きりの人生でやりたい事をやりたいようにやらないのは損だという感覚であろうかと思います。
また、それがDの意味にも繋がっているように思うんですよね…