【鬼滅の刃169話考察】黒死牟VS悲鳴嶼の戦闘について|戦国時代は超ハイレベルだった?
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この記事では、鬼滅の刃169話の黒死牟VS悲鳴嶼の戦闘についての考察を、
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以上の項目に沿ってご紹介させて頂いております。
【鬼滅の刃169話考察】黒死牟VS悲鳴嶼の戦闘について|鬼滅世界の戦国時代
黒死牟VS岩柱・悲鳴嶼の戦闘についての考察~戦国時代は超ハイレベルだった?~
鬼滅の刃169話では上弦の壱…黒死牟と鬼殺隊最強の男、岩柱・悲鳴嶼行冥との激しいバトルが描かれました。
黒死牟は悲鳴嶼の強さを見抜き、高揚した様子でしたが、今回はそれについて妄想たっぷりに考察してみたいと思います。
鬼滅世界の戦国時代
『鬼滅の刃』は大正時代を舞台に描かれている作品ですが、大正という時代は1912年から1926年までの間です。
また、物語の謎の一つ『初まりの呼吸』の剣士達は、戦国時代に鬼舞辻無惨をあと一歩のところまで追い詰めた事があるようです。
今回、初まり呼吸の剣士の一人の成れの果てだと目される黒死牟は悲鳴嶼を評して
『これ程の剣士を拝むのは…それこそ三百年振りか…』
というモノローグを綴っています。
額面通りの三百年前となると、
1612年から1626年までということになりますな。
この時代になると、すでに徳川の天下であり、戦国時代は終わりを告げていますが…
甲塚思うに、戦国時代という時代は鬼も人間も一度強さの頂点まで行ってしまっていたのではないでしょうか?
戦国時代は大名達の国取り合戦だったわけですが、戦につぐ戦は鬼にとって食欲や戦闘欲を満たす最高の舞台であり、食べた人間の多さが強さに直結するようなんで、それこそ下弦クラスならゴロゴロいたのではないでしょうか?
黒死牟はまだ継国厳勝であった時…
そんな時代のど真ん中を生きて、数多の鬼を斬り伏せていたのかも知れない…
また、戦国時代は終わっていた三百年前の1612年から1626年までの期間にも大きな闘いがありましたね。
1614年から1615年にかけての大阪冬の陣と夏の陣。
この戦いをもって、戦国は完全に終わりを告げたと言っていいと思うのですが、もしかしたら、鬼と人間の戦いは歴史上の出来事ともリンクしているのかも知れません。
黒死牟の発言からは、戦国時代は相当レベルが高かった事が伺えますな。