徳永英明さんもやもや病から復帰!|あの美声を取り戻し一安心


徳永英明さんもやもや病から復帰!|お元気そうでなによりです!

徳永英明もやもや病復帰

徳永英明さんもやもや病からの復帰についてこの記事をご覧いただきましてありがとうございます。

いい芝居してますね!サイト管理人の甲塚誓ノ介でございます。

この記事では2016年2月から難病のもやもや病の再発で療養されていた甘い美声でアラフォー世代にはこの方なしで青春時代は語れないシンガーソングライターの徳永英明さんが復帰されたことから

  • 徳永英明さんもやもや病からの復帰|調子も良さそうとのことで一安心
  • 徳永英明さんもやもや病からの復帰|今回のテーマはオトナ歌
  • 徳永英明さんもやもや病からの復帰|9月から全国ツアーも

以上の項目に沿ってご紹介させて頂きます。

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徳永英明さんもやもや病からの復帰|調子も良さそうとのことで一安心

徳永英明さんもやもや病からの復帰

シンガー・ソングライターの徳永英明さんが、7月19日に4年ぶりのオリジナルアルバム「BATON」を発売されます。

デビュー30周年イヤーの昨年は、2月に脳血管の異常で起きる難病

「もやもや病」

が再発し手術されました。

もやもや病とは?

もやもや病とは、脳底部に異常血管網がみられる脳血管障害。脳血管造影の画像において、異常血管網が煙草の煙のようにモヤモヤして見えることからこの病名となっています。
かつてはウィリス動脈輪閉塞症(ウィリスどうみゃくりんへいそくしょう)が日本における正式な疾患呼称だったが、2002年度より現在の呼称が正式になっています。

昨年はそんなもやもや病の影響もあり、7月に急性咽頭喉頭炎のため、ツアーを延期するなど苦難の連続でした。

しかしやっとリハビリを終えて完全復活した徳永さん。

今回のアルバムについてだけでなく、復帰後の思い、今後の目標なども語ってくださいました。

度重なる病魔を乗り越え、徳永さんが新たな一歩を踏み出されます。

2度目の「もやもや病」発症も克服され、体調は良好との事。

これまでと変わらない感覚も戻ったらしく一安心です。

「去年に比べたら調子は良い。体力も付いてきているし、何の問題もない。全然、大丈夫です」

淡々とした言葉の中にも、確かな自信を感ます。

あの美声が蘇り本当に良かったです。

徳永英明さんもやもや病からの復帰|今回のテーマはオトナ歌

徳永英明さんもやもや病からの復帰

違和感を覚えたのは昨年1月末だったとのこと。

「右手が重たい」

そう思いはじめ、2月に入っても症状が治まらず、医師の診察を受けたのです。

診断結果は脳内の血管が狭くなり、脳卒中のような症状が起こる原因不明の

「もやもや病」

でした。

2001年に発症したものと同じ病気だったのです。

脳梗塞を防ぐため、左複合バイパスの手術を受けます。

 「前回は手術をしなかったので、退院後に自転車で何十キロも走ったりできていた。手術すると、体力が全て奪われてしまうので、それを戻すのが大変だった。恐怖心は今回の方がありましたね」。退院後はウォーキングやジョギング、筋トレを行い、懸命にリハビリに励んだ。3か月後の6月にはツアー復帰。1年半休養した前回の経験から、焦りはなかった。「(復帰に向けた)手順が組めたのは大きかった。(休養明けから)15年間、ずっとライブをやって来た。幸いなことに歌の体力は残っていた」

もやもや病による長期休養、声帯ポリープの手術など、順風満帆とは言えない音楽人生。

その度に不死鳥のようによみがえってきましたが、、徳永さんを奮い立たせるものはいったい何なのでしょう?

「最初にシンガー・ソングライターを志したパワーでしょう」

と仰る徳永さんは19歳で上京し、歌手になる夢をつかむため、がむしゃらに走ってきました。

「デモテープをいろいろな所に配ったり、足で稼いだ人脈が今に生きている。“このままで終わるわけにはいかないんだ”という精神も、どこかにあるんだと思う」

4作目のシングル「輝きながら…」でブレイクを果たした後も、バラードを中心に多くの名曲を生んだいきます。

私は個人的には、「夢を信じて」が非常に好きな一局で今でもカラオケでたまに歌いますね。

独特のハスキーな歌声と抜群の歌唱力で、05年以降は、女性歌手の楽曲をカバーしたアルバム「VOCALIST」シリーズが「―6」までで累計600万枚の大ヒットを成し遂げられました。以降のカバーブームのパイオニアとなったのは間違いなく徳永さんでしょう。

4年ぶりのオリジナルアルバムとなる今作のコンセプトはオトナ歌です。

「男性目線で男性に書いたアルバムだと自負している」

と語られます。

代表曲の「壊れかけのRadio」「最後の言い訳」なども手掛けた名プロデューサー・瀬尾一三さんと16年ぶりにタッグを組みました。

「往年のヒットコンビなので、オリジナルで復活させてみようと。瀬尾さんもその気だった。相性がいいのは実証済み。伊丹市の先輩でもあるから」

と徳永さんも自信にあふれている様子です。

徳永英明さんもやもや病からの復帰|9月から全国ツアーも

徳永英明さんもやもや病からの復帰

シングル化もされた収録曲「バトン」は、徳永の優しい歌声がジワジワと染みります。

「頑張れ、頑張れじゃなく、泣いてもいい、負けてもいい。自分のゴールを自分で決めて、その時にほほ笑んでいられるなら、今は泣いていてもいい、と。30代以降の男性に対しての、癒やしの歌、励ましの歌。『この詞にグッときました』と、言ってもらえたらありがたい」

昨年の手術後、考え方が変わったと仰る徳永さん。

「75歳、50周年まで歌いたい」と答えたが、「そういうことは現実味がない」と否定もされております。

それは悲観ではなく、物事をより現実的に捉えるようになったとのこと。

「年を重ねるにつれて一歩先、一年先というスタンスに変わった。その都度、目の前の目標を立てて、クリアしたら次の目標を考えていくようにしている」

年内の目標では、9月2日の埼玉・川口総合文化センターリリアメインホールから始まる全国ツアー、12月24日の大阪・グランキューブ大阪まで20か所での30公演が予定されています。

すでに動き始めているのです。

「構成も含めてオープニング、エンディングの考えはまとまっている。これまではずっと40本、50本やっていましたから。30本か~、という感じですけど、一生懸命、30本こなしたいと思う。感謝の気持ちを込めたツアーにしたい」

CD最盛期を支えたミュージシャンの1人である事は間違いない徳永英明さん。

我々昭和生まれの音楽ファンの心掴みにした、あの美声をいつまでも聞かせてくれる事を願い、円熟味を増した歌声で多くの人々の心を今後も癒やして頂きたいですね。

この記事でご紹介させていただく内容は以上になります。

最後まで記事をご覧いただきましてありがとうございました。
 

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