ウサインボルト引退!|誰もが認める人類史上最強のスプリント王


ウサインボルト引退!|神が去った後のスプリント界はどうなる!?

ウサインボルト引退

ウサインボルト引退!についてこの記事をご覧いただきありがとうございます。

いい芝居してますね!サイト管理人の甲塚誓ノ介でございます。

衝撃の世界陸上4×100メートルリレーから数日が経過しました。

史上最高のスプリンターと誰もが認めるあのウサインボルトがついに引退を決められたようですね。

この記事ではウサインボルト引退について

  • ウサインボルト引退!|ユーセイン・ボルト
  • ウサインボルト引退!|ボルトの今後は?
  • ウサインボルト引退!|最後に

以上の項目に沿ってご紹介させて頂きます。

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ウサインボルト引退!|ユーセイン・ボルト

ウサインボルト引退

『ウサイン・ボルト、史上最強のスプリント王が引退して思う事』

ウサイン・ボルト…

誰もが認める人類史上最強のスプリント王でしょう。

その圧倒的な速さ、強靭な精神力、そして個性的なパフォーマンス。

その全てが『王』としての、あるべき振る舞いであったと甲塚は思います。

いや、全盛期の彼は、『王』というよりも、『神』だったのかも知れません…

ユーセイン・ボルト

日本では彼のファーストネームは『ウサイン』で通っていますが、自国では『ユーセイン』で通っているようなので、こちらが正しいのかも知れませんが、やはり『ウサイン』がしっくりきます。

身長196センチ、体重94キロという体格的にも規格外のスプリンターでした。

2004年に17歳で200メートル19秒93の世界ジュニア記録をマークして世界から注目される事になりました。

その当時はまだ今のようなガチムチボディではなく、まだまだ線が細い印象でしたね。

まだまだ身体的に成長中だった事もあり、それからは成長に伴う故障に苦しみ、また400メートルに取り組むというプランもあったので、100、200にはまだ本格的に取り組んでいなかった為、世界大会では満足いく結果を出せずにいました。

彼が世界大会で初めて輝いたのは2007年大阪世界陸上。

この200メートルで19秒91の記録で銀メダルを獲得。

これにより、彼は『次世代の怪物』という評価を受ける事になったようです。

翌2008年の北京五輪では100メートル9秒69、200メートル19秒30とともに世界新記録で圧勝し、彼はついに『世界のスプリント王』の称号を獲得しました。

特に200メートルは、あのマイケル・ジョンソンがマークした『100年は不滅』と言われた19秒32という偉大な記録を更新する大記録でした。

しかし、翌2009年のベルリン大会は、それを上回るボルト選手の絶頂期でした。

100メートルで人類初の9秒5台となる9秒58、200メートルでも19秒19、更に4×100メートルリレーでも37秒31、出場した全ての種目で世界新記録をマークして優勝するという前代未聞の大記録を打ち立てました。

甲塚の目から見ると、この2009年ベルリン世界陸上でのボルト選手は神がかっていたと思います。

ボルト選手は我々の想像を遥かに超えるハードトレーニングを積み重ねていましたが、それがもしかしたら、何かの神格をその身に降臨させてしまっていたのかも知れません。

『荒ぶる神』、いや、『サンダーボルト』と言われたボルト選手だけに、『荒ぶる雷神』が相応しいかも知れません。

この年のボルト選手は、それほど神がかり的な強さでしたね。

その後の活躍は周知の事かと思いますが、今夏のロンドン世界陸上まで約10年間、世界陸上と五輪の大舞台で勝利を続けてこれたのは、天賦の才もあるかも知れませんが、紛れもなく命を削るようにして積み重ねた『努力』があったからこそだと思います。

甲塚は彼のトレーニング風景を動画で見た事がありますが、彼のコーチであるグレン・ミルズ師は苛烈で厳しいと有名らしいのですが、あのボルトが叱咤されながらボロボロになるまで走りに走りまくっていました。

あそこまで追い込まなければ、あんな動きができるわけがありません。

どんなに才能に恵まれていても、その大きな器を満たす過酷なトレーニングによって、初めてそれが開花する。

これはスポーツのみならず、一人の人間の人生の中で決して忘れてはならない事であると思います。

偉大なスプリント王が引退するのは非常に淋しいですが、誰が彼の後継者になるのか…?

我が日本のサニブラウン選手にも、彼の後継者としての資格は十分にあると甲塚は思っていたす。

ウサインボルト引退!|ボルトの今後は?

ウサインボルト引退

ボルトの今後は?

当然、自由を満喫するでしょうね!

しかし、過酷なトレーニングを続けてきたスポーツ選手は急にトレーニングをやめてしまうと体調を崩したりするそうですので、しばらくは軽いトレーニングを続けていくでしょうね。

彼はかなりのゲーマーのようなので、ゲーム三昧もあり得るかも知れませんね(笑)

しかし、甲塚が思うに、彼は将来政治の世界に向かう可能性もありますね。

彼の祖国ジャマイカはまだ豊かな国とは言い難いようで、ボルト選手はよく『祖国の発展の為』という言葉を口にする事から、かなりの愛国者であると思います。

実際に、子供の教育に私財を投じたりもしておられるようです。

しかも、彼は『国民的英雄』。

将来、『ボルト首相』か誕生する未来も可能性はゼロではないかも知れません。

ウサインボルト引退!|最後に

ウサインボルト引退

まとめ

今回のロンドン世界陸上の100メートル決勝後、ボルト選手は、ようやくボルト選手を倒したアメリカのガトリン選手にいの一番に駆け寄り、

『アンタが世界一だ!』

と、勝利を祝福していました。

これぞ王者の振る舞いだと、甲塚は感じました。

王者は、最後まで完璧である必要はありません。

しかし、その去り際の振る舞いは完璧でなければなりません。

ボルト選手は本当のラストランとなる4×100メートルリレー決勝ではアンカーを勤めましたが脚を痛めて、途中棄権になりました。

しかし、立つ事すら難しそうなボルト選手を、チームメイト達はすぐに肩を貸し、ボルト選手がファンに応えるのを助けていました。

これが王者の仁徳でしょう。

『荒ぶる雷神』にして『誇り高き王者』である史上最強のスプリント王、『ウサイン・ボルト』!

彼の偉大な功績を讃えるとともに今後の人生が幸福である事を影ながら祈りたいと思います。

最後までお読み頂き、誠にありがとうございました!

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